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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2217号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一三〇万円及びこれに対する平成七年二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その七を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、一二五〇万円及びこれに対する平成七年二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(略語についても、以下、原判決と同様とする。)。

第三  証拠関係(省略)

第四  当裁判所の判断

一  争点第一について

原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、平成五年一二月頃、本件土地を売却することとし、仲介業者に依頼したところ、平成六年一、二月頃購入希望者が現われたが、右仲介業者の調査の結果、同年二、三月頃本件道路位置指定がされていることが分かり、売買契約の成立に至らなかったこと、控訴人は、本件売買契約当時もその後も、被控訴人から全く本件道路位置指定について聞かされていなかったことが認められる。

そして、隠れた瑕疵がある場合の担保責任の規定である民法五七〇条の準用する同法五六六条三項は、損害賠償の請求について、買主が事実、すなわち瑕疵の存在を知った時から一年内にこれをすることを要する旨を定めているところ、控訴人が、被控訴人に対し、本件道路位置指定を解除するための措置をとるよう求め、それができないときは損害賠償を請求する旨を通知したのが平成六年七月頃であることは、前記争いのない事実等4のとおりであるから、控訴人が民法五七〇条による損害賠償請求権を行使したのは、瑕疵の存在を知った時から一年内であるといえる。

これに対し、被控訴人は、控訴人主張の損害賠償請求権は、本件売買契約の日である昭和四八年二月一八日又は本件土地につき所有権移転登記がされた同年五月九日から一〇年又は二〇年の経過により時効が完成するか又は除斥期間が満了していると主張する。

すなわち、まず、被控訴人は、瑕疵担保責任についての民法五七〇条、五六六条三項の規定の趣旨は、右責任の追求を早期にさせ、権利関係を早期に安定させることにあり、その趣旨からすれば、買主が一般の消滅時効の期間を超えるような長年月の経過後に瑕疵を知った場合であってもその後一年内であれば右責任の追求が可能であるとすることは相当でないというべきであり、控訴人主張の損害賠償請求権には民法一六七条一項の規定が適用されるべきであると主張する。

しかしながら、民法五七〇条、五六六条三項に基づく売主の瑕疵担保責任は、法律が、買主の信頼保護の見地から特に売主に課した法定責任であって、右責任は売買契約上の債務とは異なるものであるから、これにつき、民法一六七条一項の適用はないと解される。なるほど、右規定が、買主が瑕疵を知った時から一年内に損害賠償の請求をする旨を定めているのは、右責任の追求を早期にさせ、権利関係を早期に安定させる趣旨を含むものであることは被控訴人主張のとおりであるものの、他方で、右規定が、その起算点を「買主が瑕疵の存在を知った時」とのみ定めていることは、その趣旨が権利関係の早期安定のみにあるものではないことを示すものといえるから、民法五七〇条に基づく損害賠償請求権につき民法一六七条一項を準用することも相当であるとはいえない(そうでないと、買主が瑕疵の存在を知っているか否かを問わずに、瑕疵に基づく損害賠償請求権の時効又は除斥期間満了による消滅を認めることとなり、買主に対し売買の目的物を自ら検査して瑕疵を発見すべき義務を与えるに等しく、必ずしも公平とはいえないと解される。)。

また、被控訴人は、不法行為による損害賠償請求権につき民法七二四条後段は二〇年の除斥期間を定め、取消権につき同法一二六条後段、八六五条、詐害行為取消権につき同法四二六条後段、相続回復請求権につき同法八八四条後段は、いずれも除斥期間ないし時効期間として二〇年の期間を定めており、このような法の趣旨に照らし、控訴人主張の損害賠償請求権は遅くとも二〇年の経過により消滅していると解するべきであると主張する。

しかしながら、売主の瑕疵担保責任は、控訴人が挙げる右各権利とは異なる法定の無過失責任であるから、右各権利につき二〇年の除斥期間ないし時効期間が定められているからといって、瑕疵担保責任も同様に解するべきであるということはできない。

したがって、被控訴人の消滅時効又は除斥期間満了の主張は、その前提を欠き、採用できないことが明らかである。

二  争点三について

民法五七〇条に基づき売主が賠償すべき損害は、買主が売買の目的物に瑕疵がないことを信頼したために生じたいわゆる信頼利益の損害であると解すべきである(控訴人は、売主に故意又は過失がある場合には履行利益の賠償が認められるべきであると主張するが、そのように解すべき根拠はない。)。

したがって、本件において、控訴人の被った損害としては、本件売買契約の際に、本件土地のうち本件道路位置指定がされた部分の対価として被控訴人に支払った更地価格から、本件道路位置指定がされた土地としての価格を控除した残額の損害を被ったものと解するのが相当である。

そこで、右損害額について検討するに、本件土地建物の価格は本件売買契約書上は八〇〇万円とされたが、実際は九六〇万円であったと認められるところ(甲五、九の一ないし五、原審における控訴人本人尋問の結果)、そのうち土地代金部分の額を特定するに足りる証拠はない。しかし、建設省計画局の「建設統計要覧(昭和五六年版)」(甲七)によれば、昭和四八年当時の木造建物の一平方メートル当たりの建築単価は四万五三〇〇円とされ、これによれば、本件建物(延面積六八・〇六平方メートル)の建築費は三一〇万円程度と考えられるから、本件土地代金は六五〇万円程度であったと推認できる。

そして、本件土地は本件宅地八八・五一平方メートルと私道部分八・四八平方メートルの合計九六・九九平方メートルであるところ、私道負担を九割として(なお、控訴人は、本件売買契約において、私道部分は売買代金計算上の面積から控除されている旨を主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、多くとも私道負担割合は九割を超えないものと認めるのが相当である。)本件土地の一平方メートル当たり単価を算定すると、本件宅地については七万二七四一円と算出される(私道部分はその一割となる)。

そうすると、本件土地のうち本件道路位置指定がされた部分の対価として被控訴人に支払った更地価格は、一平方メートル当たり七万二七四一円とすれば、その二三平方メートル分であるから、一六七万三〇四三円と算出され、他方、本件道路位置指定がされた土地としての価格は、本件道路位置指定による負担割合を八割とすれば、三三万四六〇九円と算出されるから、右更地価格からこれを控除した残額は、一三三万八四三四円と算出される。

以上によれば、被控訴人が負担すべき損害額は一三〇万円をもって相当と認める(なお、控訴人は、本件売買契約当時の損害額を現時点の額に換算すべきであると主張するが、そのように解すべき根拠はない。)。

三  したがって、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し、一三〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年二月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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